小笠原惣領家流礼法

ごあいさつ

私たちは日本に古くから伝わる小笠原惣領家の由緒ある礼法を長年学び続け、伝承でんしょう している小笠原忠統宗家直門の有志とその弟子一門です。

今から千年余、清和天皇の孫で文武に優れた経基王つねもとおう が 「源」の姓をたまわ り、特に弓馬術に秀でていたので糾法きゅうほう (弓道・馬術・礼法)をつかさど る家柄になりました。八代はちだい後、ある功績から高倉天皇より「小笠原」のよびなを賜り源姓改め小笠原姓を名乗り小笠原惣領家の始祖となります。私たちの恩氏は昭和から平成の時代の当主で小笠原惣領家第三十二世主・正五位・元伯爵、小笠原忠統宗家です。

江戸時代までは守護大名、明治以後は伯爵となり貴族院議員として活躍なさいました。世の中に礼法や作法の百書・百説が氾濫している現状を憂慮し、小笠原惣領家の由緒正しい「日本の礼法」を日本文化の財産の一つとして世に伝えるべく、歴史に残る画期的な決断をなさいました。そして、先ずは家庭の中に礼法を浸透させ、いずれは親が子にその子が我が子にと伝え未来に生かし、社会に普及すべくみずから・・・・弟子を取り直門じきもん として長きにわたり厳しくも、しっかりと教示し、たた き上げるがごとく教育なさってくださりました。また、世にいわれる「小笠原流の原型」を明らかにし幕藩体制化、封建時代における諸礼式形成以前の姿を復元する仕事に取り掛かられ、その一つとして同家に秘伝とされてきた『小笠原礼書七冊』天正本の完全復刻もなされました。

元来、門外不出でお止め流の礼法を「小笠原惣領家礼法宗家」を名乗り“礼法は生き様すべて、そのしん になるものは伝え残していく責任がある”との思いもあり、直門弟子をお供に多方面に労を惜しまず精力的に活動を続けて参りました。日本の礼法(礼儀作法)は、相手を賞翫しょうがん (大事)する心を、その人、その場にふさわしく示すことが神髄です。相手を思いやる心とそれを受け止める心を大切に考え、「礼儀の心」と「作法の心」が相まって初めて礼法になるわけです。常に心と形のつながりを重視します。伝書の中に「水は方円のうつわ に随う心なり」という言葉があります。心身が調和した状態をいっており、水がどんな器にも形を変えて従うように融通性をもって自然な振る舞いで対処し、時・所・対人関係における自分の立場をわきまえて礼を行えば、それが礼の心であり行動なのです。作法という形の奥底には「思いやり」という礼儀の心が流れています。

礼儀作法は特別なことではなく社会人として当たり前のことを自然に振る舞うことができればそれで良いのです。相手を思いやって動作をするということは、その人に人としての威儀いぎ をそなえさせます。また心のこもったさりげない表現は相手に素直に伝わり、その美しい動作からは奥ゆかしい気品さえ感じられるものです。一朝一夕いっちょういっせき に身につくものではありませんが、見るからに尊敬できる品格というものは長い間の普段の心と形の礼法を重ねて初めて得られるものです。

私たち忠統宗家直門弟子有志他は小笠原忠統宗家が最初に作成しました、入門から師範・総師範・本部教授(宗家代範)までの指導要領に沿って古文書から現代礼法に至るまでの教授内容を大切に考えております。また、国内外での文化交流では舞台での礼法発表も紹介してまいりましたが、これから先も機会あるごとに執り行ってまいりたいと存じます。また、小笠原惣領家には由緒ある抹茶道と煎茶道も古くから伝承されており、礼法同様に木目細きめこま やかな指導を賜りました。各方面でそれぞれの茶席も開催しております。

忠統宗家の本意ほんい であった礼法・抹茶・煎茶道の的伝てきでん を第一とし、これからも忠統宗家よりお預かりした弟子たちや、ご縁のあった同じこころざし の方々と共に精進を重ね高めあって参ります。そして、これからも小笠原忠統宗家の遺志を大切に思っている皆様と学びあい力を合わせて一緒に活動できますことを希望しております。